専門医インタビュー
クローン病に挑む

下部消化管科(兵庫県西宮市)
教授松本 譽之先生
【略歴】
1981年3月 大阪市立大学医学部卒業
1981年6月 大阪市立大学医学部第三内科
1991年10月~1992年11月 米国コロラド大学消化器科留学
2001年1月 大阪市立大学大学院消化器器官制御内科学(第三内科)助教授
2004年3月 兵庫医科大学内科学(下部消化管科)教授
甲子園球場から二駅の武庫川にある兵庫医科大学病院の下部消化管科 教授、松本先生にお話を伺いました。
●新しく診断された患者さんが増加
貴施設のクローン病の診療体制について教えてください。

当院の消化器内科は、2004年より上部消化管科と下部消化管科の2科体制をとっていますが、日常の診療は消化管を上部と下部に切り離して考えることができないので、それぞれの科が専門性を持ちつつお互いに協力しています。
したがって、下部消化管(主に小腸、大腸)の病変が主体であるクローン病の日常の診療は、私たち下部消化管科の医師が中心的役割を果たしていますが、必要に応じて上部消化管科の医師のサポートを受けています。
また、手術療法はクローン病治療において必要な要素のひとつであることから、消化器外科との連携体制も構築しています。例えば当科で手術が必要だと考えられた場合はすぐに消化器外科のIBD(炎症性腸疾患)専門チームに連絡し、逆に消化器外科で今すぐには手術を要しないと考えられた場合はすぐに当科に連絡がきて、手術適応の有無を含めた治療方針を一緒に検討・決定しています。
貴施設のクローン病患者さんの動向は、いかがでしょうか。
私が大学卒業後、消化器内科に入局した1980年代前半当時、クローン病は非常に稀な時代で、「大学病院で診ることはあっても、一般病院では一生診ないかもしれない」と考えられていました。
ところが、その頃から、クローン病を含むIBDの患者さんは増加の一途をたどっており、いまや潰瘍性大腸炎患者さんは8万人以上、クローン病患者さんは2万人以上になっています。
そのため、当科においても、クローン病の患者さんは年々増加しており、現在、外来では常時800名以上のクローン病患者さんをフォローしています。また、年間のべ100名以上の患者さんが入院され、常に10~15名の患者さんが病棟にいらっしゃる状態です。なお、その半数は主に治療方針の立案や初期治療などを目的とし新しく診断された患者さんで、残り半数は主に合併症のコントロールを目的とした経過の長い患者さんです。
患者さんの増加理由についてどのようにお考えですか。

一番大きな理由は、日本におけるクローン病そのものの増加だと思います。ただ、それに加えて、一般臨床医のクローン病に関する認知度の高まりや、内視鏡をはじめとした診断技術・診断能力の向上により、クローン病と確定診断される患者さんが増えたことも患者数増加の大きな要因だと考えています。
一般臨床医のクローン病に対する認知度が高まり、最近では若年者の下痢・腹痛・微熱・体重減少・貧血・肛門病変などの臨床所見と血液検査、便検査などの比較的簡単な検査からクローン病が疑われた段階で、すぐに当科のような専門施設に患者さんを紹介するケースが増えています。そのため、かつてのようなクローン病だとなかなか診断されずにいた患者さんは少なくなり、早期の段階でクローン病と確定診断される患者さんが増えています。
また、以前は、小腸型のクローン病は早期発見が困難でした。なぜなら、小腸が口や肛門から遠く、長く曲がりくねっているため、従来の内視鏡ではその大部分を直視できなかったからです。しかし、ダブルバルーン小腸内視鏡(小腸も見る事ができる内視鏡)やカプセル内視鏡(飲み込んだカメラ付きカプセルで全消化管を撮影する内視鏡※)といった画期的な方法が開発・導入されたことで、小腸全域の検査が可能となり診断能力が格段に向上し、小腸型のクローン病も早期発見されるようになっています。そのほか、診断能力の向上により、かつては難しかった腸結核との鑑別も比較的容易となっています。このようなことが患者数の増加に寄与しているのだと思います。
※現在保険未適応
●治療戦略は目先にとらわれず将来を見据えたものに
貴施設の治療ストラテジー(戦略)を教えてください。

クローン病の治療は長期にわたり継続する必要があります。私は「目の前の炎症を抑制する、病変を治すことだけを考えず、少なくとも3~5年先の患者さんの生活を考えて治療戦略をたてること」が大切だと考えています。
そこで、主な病変が小腸にあるのか、大腸にあるのかといった"病変部位"や、病勢が重篤かそうでないか、合併症があるのかないのか、あるならそれは高度なのか高度でないのかといった"重症度"などの医学的な側面からだけでなく、患者さん個々の性格、思考性、生活環境なども考慮して治療戦略をたてています。
●早期なら抗TNFα抗体製剤を積極的に試みる
早期の患者さんに対する治療を具体的に教えてください。
新しく診断された早期の患者さんに対する治療、いわゆる初期治療は、大きく2つのパターン――免疫統御療法を用いるパターンと栄養療法を用いるパターン――に分けられます。
前者のパターンは、大腸病変を主体とした患者さんで、特に瘻孔や肛門病変などのある患者さんが好適応となります。一方、後者のパターンは、小腸病変を主体とし、栄養療法を受け入れられる患者さんが適応となります。ただし、小腸病変が主体の患者さんでも、生活環境などの面から栄養療法を受け入れることが難しい場合は、免疫統御療法を中心とした治療を行います。
また、高度な狭窄が認められる場合や膿瘍を有する場合は、中心静脈栄養療法により腸管の安静に加えて腸管腔から抗原を取り除くことで炎症をある程度コントロールしたり、必要な場合は外科治療を行って、次のステップに進むようにしています。
クローン病では、長い経過の中でさまざまな合併症が発現する患者さんが多いと言われています。しかし実は最近、発症早期からの適切な治療がクローン病のナチュラルヒストリー(自然経過)を変えるのではないかと期待されるようになっています。特に大腸病変を主体とした早期のクローン病患者さんに、その可能性が高いのではないかと考えています。私たちも日常臨床において、初期に抗TNFα抗体製剤を使用し緩解(症状が落ち着いた状態)導入に持ち込んだ後、アザチオプリンあるいは6-MPという免疫抑制剤で緩解維持療法を続けるトップダウンと呼ばれる療法を行うと、その治療を中止しても再発・再燃を認めず、治癒したと言っても過言ではない患者さんを経験することがあります。
そこで私たちは早期患者さんに対する初期治療を重視し、原則、中等症以上の患者さんには1~2週間ほど入院してもらい、小腸病変の有無を確認する検査や病気を理解してもらうための教育、治療方針の立案、初期治療を行っています。
●経過が長く、合併症が重篤化する場合は手術療法で解除することも考慮
経過が長い患者さんに対する治療を具体的に教えてください。

経過が長い患者さんは、おおまかに言うと、
| 1) | 合併症が徐々に多発・重篤化してくるタイプ |
| 2) | 合併症はそれほど重篤ではないが、症状や腸管炎症の悪化を繰り返したり、症状や炎症がないのに大量出血を起こしたりするタイプ |
| 3) | 従来からの栄養療法を主体とした治療のみで症状もなく、炎症もなく、腸管粘膜もきれいなタイプ |
の3つに分けられると思います。
1)のタイプはすでに重篤な合併症を有していることが多く、特に強い腸管狭窄や膿瘍を有している患者さんでは、いくら有効性の高い抗TNFα抗体製剤を用いても、合併症の増悪や感染症の悪化をまねく事もありますので、その使用には十分な検討を要します。
これに対して、私たちは、「強い合併症などで内科治療でコントロール不十分な場合は、ある段階で手術療法により、狭窄や膿瘍などの合併症を解除し新たなステップに入る」という考え方で、比較的積極的に手術療法を選択しています。なぜなら、栄養療法だけでは合併症のコントロールが完全とは言えず、将来的に社会生活に大きな支障をもたらすことがあるからです。また、手術療法で合併症を取り除けば、抗TNFα抗体製剤を試みるチャンスが生まれますし、仮に栄養療法を実施するにしてもその効果を高めることができるからです。
つまり、手術療法で合併症をいったん解除した後、患者さんにとって最も有効性が高いと考えられる内科的な治療で、次の再発を防ぐというのが私たちの1)のタイプに対する基本的な治療戦略です。
2)のタイプとしては、長期の経過の中で栄養療法などの既存治療が中途半端になっているために症状の悪化を繰り返している患者さんが多く含まれます。しかしこの様な場合には栄養療法をがんばるよう指導するだけよりも、抗TNFα抗体製剤を中心とした薬物療法に栄養療法を補助的に用いる戦略をとっています。
3)のタイプについては、あえて治療法を変更することはありません。ただし、患者さんが少しでも治療に負担を感じていたり、治療のために日常生活に支障があったりすれば、アザチオプリンあるいは6-MPという免疫抑制剤を試み、必要に応じて抗TNFα抗体製剤へとステップアップしています。
トップダウン療法、ステップアップ療法の使い分けについてはいかがですか。
新しく診断された早期の患者さんに対しては、十分なインフォームドコンセントの上、トップダウン療法をおすすめしています。特に大腸病変主体の患者さんは抗TNFα抗体製剤の有効性が高く、将来的に治療を中止しても症状が悪くならない可能性が期待できるからです。また、病気が進行してしまう前に十分に炎症をしずめることで合併症の発生をも防ぐことができると考えられることも、おすすめしている理由のひとつです。
経過が長い患者さんはケースバイケースですが、多くの場合、前述した1)や2)のタイプはトップダウン療法を、3)のタイプはステップアップ療法を実施しています。
私たちは、新しく診断された早期の患者さんなら病気の「ナチュラルヒストリー(自然経過)を変えて、近い将来、治療せずに生活できるように」を、経過が長い患者さんなら「これから先ずっと、合併症に苦しまない生活を送れるように」を治療目標に日々がんばっています。
このような治療目標を達成するために、最も重要なことは"治療を中途半端にしないこと"です。
そのためには、患者さんが「自分の病気は今どのような状態にあるのか」、「それを治療する方法にはどのようなものがあり、その長所・短所は何か」を十分に理解していただきたいのです。その上で、「自分がどのような生活をしたいのか」を考え、自分自身でベストな治療法を選択することが大切になります。
私たちはその一連の過程をサポートする立場にあることを強く意識し、徹底した情報提供を心がけています。もし治療経過の中で、気にかかることがあれば、いつでも私たちに気軽に質問してください。そして、自分自身でベストな治療法を選択し、確実な治療を続け、症状が落ち着いた楽しい生活を送ってください。
