専門医インタビュー
クローン病に挑む

教授日比 紀文先生
【略歴】
1973年3月、慶應義塾大学医学部卒業、1977年3月、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了。慶應義塾大学医学部医員・大学助手、トロント大学(マウントサイナイ病院/小児病院)免疫学教室研究助手、北里研究所病院内科医長を経て、1990年4月、慶應がんセンター診療部長 兼 慶應義塾大学助教授。1996年5月、慶應がんセンター所長 兼 慶應義塾大学教授。2002年10月、慶應義塾大学病院包括先進医療センター長を経て2004年4月より現職。
【学会】
日本消化器病学会 専門医 指導医 理事、日本消化器内視鏡学会 認定専門医 指導医 学会評議員、日本消化吸収学会 評議員、日本内科学会 認定内科医 評議員、日本大腸肛門病学会 専門医 指導医 理事、日本腫瘍学会 評議員 暫定指導医、日本消化器免疫学会 理事長、日本リンパ学会 常任理事、日本肝臓病学会、日本癌治療学会、日本癌学会、日本免疫学会、日本臨床免疫学会、American Gastroenterological Association, American College of Gastroenterology(FACG), American Association for Cancer Research, Society for Mucosal Immunology
【学会編集委員】
Gastroenterology (Official Journal of the American Gastroenterological Association Institute), Gut (Official Journal of the British Society Gastroenterology), Inflammatory Bowel Diseases (Official Journal of the Crohn's & Colitis foundation of America)
【主要研究分野】
消化管免疫(Mucosal Immunology)、炎症性腸疾患の病態、消化器における炎症からの発癌機序、消化管における幹細胞生物学、再生医学、消化器臨床腫瘍学
みどり豊かな神宮外苑に近接する慶應義塾大学病院の消化器内科診療部長、日比先生にお話を伺いました。
●若年発症、緩解・再燃を繰り返して慢性に経過
クローン病とはどのような病気ですか。

クローン病は、腸管に炎症をきたす疾患を総称する炎症性腸疾患(IBD)のひとつです。1932年にニューヨーク・マウントサイナイ病院の内科医・クローン先生らによってはじめて報告された当初、回腸末端のみが侵される限局性の回腸炎として記載されていました。しかしその後、炎症や潰瘍は、"口腔から肛門にいたるまでの消化管のあらゆる部位"に、"スキップ状態"で起こりうることが明らかにされました。
クローン病が問題視されるのは、病変の部位や範囲によって異なりますが、非常に多彩な症状――腹痛、下痢、発熱、全身倦怠感、血便(出血)、貧血、栄養障害など――を呈し、日常生活に大きな支障をもたらすからです。しかも、根本原因がいまだ不明で根治的治療法が確立されていない中、主に20歳前後の若年者に発生し、緩解(症状が落ち着いた状態)・再燃を繰り返しながら慢性的に経過することが、問題の重みをより増しています。
●かつては稀少で、治療に難渋した疾患
かつてはかなり治療に難渋したと聞いておりますが、いかがでしょうか。

私が大学を卒業したのは1973年ですが、ちょうどこの頃、厚生省(現厚生労働省)が稀少難治性疾患への積極的な取り組みを打ち出し、クローン病に関しても1975年に研究班を発足させ、診断基準の作成や全国調査などを開始しました。我々の病院でも、クローン病を含む炎症性腸疾患に対する介入を強化していきました。
このような中で、私はIBDを専門とし、今日までの34年間、その日常診療や腸管免疫、炎症反応の基礎研究に力を注いできました。確かに今ではクローン病をめぐる診断・治療環境がかなり良くなっています。しかし、ご指摘のとおり、私がクローン病に取り組み始めた1970年代のそれは極めて厳しいものでした。
なにしろ、当時の日本においてIBDは極めてまれな疾患で、大学病院である同院でもクローン病は、その疑いのある患者さんがわずか1名いらっしゃるだけで、潰瘍性大腸炎の患者さんでも10名いらっしゃるかどうかでした。多くの医師はクローン病に関する知識や経験が乏しく、その確定診断にすら困っていました。また、治療も、副腎皮質ホルモン(ステロイド)のみでした。
そのため、患者さんに入院してもらいステロイドで炎症を抑え込むことで、なんとか緩解に持ち込んで退院にこぎつけていました。しかし、その後の病勢をうまくコントロールするのが難しく、再燃して再び入院してもらうといった状況だったのです。また、ステロイドの大量・長期投与によるさまざまな副作用に悩まされる患者さんも少なくありませんでした。さらに、内科治療で対応できない重篤な腸管合併症(腸閉塞、穿孔、瘻孔など)や肛門病変(複雑痔瘻など)を繰り返し併発し、そのたびに手術を受ける患者さんもいらっしゃいました。
●炎症が徐々にコントロールできるように
その後、状況は変化したのでしょうか。

1980年代~1990年代後半までの間に、日本では、腸管の安静に加えて腸管腔から抗原を取り除くことが炎症反応の抑制、症状の改善の鍵になると"成分栄養療法"を実施していました。
ただし、それはあくまでも厳格な成分栄養療法が実施されている間だけで、患者さんの日常生活が制限された上に成りたつものでした。
その後、炎症反応を抑制する薬剤として5-アミノサリチル酸製剤、次いでアザチオプリンや6-MPという免疫抑制剤が開発され、クローン病に使用されるようになりました。これら薬剤と、従来からのステロイド療法や成分栄養療法とをうまく組み合わせ、炎症反応や免疫異常をコントロールするさまざまな工夫がなされました。
しかし、先ほど述べた重篤な腸管合併症や肛門病変を内科治療のみで改善することは相変わらず困難でした。そこで、私たちは炎症性腸疾患の原因究明、診療面の充実を目的として、日本で初めての炎症性腸疾患センター(IBDセンター)を1999年5月に開設しました。
●診療体制の充実、抗TNFα抗体の登場であたりまえの日常生活が望めるように
IBDセンターはどのような活動をされていますか。
診療面では、IBDの外来および入院患者さんを受け入れています。外来は原則予約制ですが、平日(月~土曜)の午後に毎日開設しており、患者さんの状態が急変した場合でも即座に対応できるようにしています。研究面では、基礎研究から臨床研究まで幅広く手掛け、新しい治療法の開発をめざしています。
また、他病院の医師を含めた症例検討会を定期的に開催するほか、患者さんやその家族を対象にして交流会を兼ねた勉強会(年2回)を開催したり、そのホームページを開設したりして、広く炎症性腸疾患の啓発に努めています。
情報活動にも力を入れられているのですね。
現在、医療受給者証交付件数からみると、クローン病の患者さんは2万5千人を超え、同じく炎症性腸疾患の1つである潰瘍性大腸炎の患者さんは8万5千人近くとなっており、炎症性腸疾患はもはや稀少疾患だとは言えなくなっています。今後、患者数のさらなる増加が予想されている中、専門施設の専門医だけが炎症性腸疾患の診療に取り組んでいては、患者さん個々のニーズに応じることはできません。
そこで診療の質の底上げを図るために、センターから多くの情報を発信しています。同時に、他病院の医師からの相談にも積極的に応じており、時には連携をとりながら患者さんを診療しています。
これまでの活動により、医師の間でも、患者さんやその家族の間でも炎症性腸疾患に対する認知度はかなり向上したと感じています。また、炎症性腸疾患を診療する医師の裾野は広がり、その診療能力も確実にレベルアップしていると思います。
さまざまな面で充実してきたのですね。それ以外に何か変化はありましたか。

センター設立の前年、米国において、クローン病に対する抗TNFα抗体製剤の劇的な効果が示されました。抗TNFα抗体製剤により速やかな緩解導入が得られ、それを繰り返し投与することにより緩解維持できるというものでした。また、腸管皮膚瘻などの外瘻の閉鎖効果も得られるとのことでした。
実際、センターでも、抗TNFα抗体製剤を臨床試験の段階から用いていますが、それにより、かなりの患者さんが緩解導入・緩解維持が得られ、重篤な腸管合併症や肛門病変をきたすことなく、あたりまえの日常生活を送れるようになりました。
ただ、いくら抗TNFα抗体製剤が優れた効果を発揮すると言えど、クローン病を根治させうる治療ではありません。
したがって、私たちは、クローン病治療においては「既存の治療法や抗TNFα抗体製剤を含め、今、利用できるすべての手段を患者さん個々の病態に応じてうまく使いこなしていくこと、それにより緩解を長期間維持すること」が非常に重要なことだと考えています。センターでは、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士などがチームを組み、患者さんやその家族と一緒に、「その人のクローン病に対して最も有効な治療法は何か」を考え、実践するようにしています。
抗TNFα抗体製剤の登場により、かつての「クローン病になったら、美味しいものも食べられず、入退院を繰り返す生活で、人生が終わったようなものだ」という暗いイメージはほぼなくなっています。
今後もその傾向は強くなりますか。
そうですね。たとえば、内科治療だけでなく外科治療もかなり進歩しています。手術手技としては、以前のような侵襲の大きな開腹手術は少なくなり、低侵襲な腹腔鏡や内視鏡を用いた手術が主流になっています。また、手術戦略も、たとえば腸閉塞では病変を認めない部分を含んだ広範な腸切除といった手術は行われず、小範囲の腸管切除や狭窄部位だけを拡張する狭窄形成術が行われるようになっています。
また、抗TNFα抗体製剤の成功により、今後は炎症反応や免疫異常といった病態形成に関与する治療薬が相次いで開発されてくるでしょう。
根本治療が確立されなくとも、病態を極めて高いレベルでコントロールできるようになってくるので、多くの患者さんがあたりまえの日常生活を送れるようになると思います。
クローン病の根本的原因が解明されておらず、根治的な治療は確立されていません。しかし、クローン病を形づくっている炎症反応や免疫異常(病態)に関しては、「なぜ、起こるのか」、「なぜ、持続するのか」といった機序がかなり明らかにされています。
そこで現在では、その病態をターゲットに、クローン病をコントロールするためのさまざまな工夫が試みられています。もはや「クローン病=難病」という時代は終わりました。
クローン病と同じ病名がついていても、1つとして同じクローン病はありません。1人ひとりの患者さんに最適な治療法は違います。それを私たち医師、看護師、薬剤師、管理栄養士など医療スタッフとともに一緒に考え、病気になる前のあたりまえの日常生活を取り戻しましょう。
